psychotherapy therapist

エンパワーメント・ラボ  デルフィス
delphisLogo2.jpg

(右のAをクリックすると文字が大きく表示されます) 印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |



◎臨床心理学におけるトレーニング

 カウンセリング・マインドを持って他者の話を聴くというとき、「受容」や「共感」が大切だとよく言われますが、受容といっても、「許可」や「認可」をすることではありません。
 たまにカウンセラーは「甘やかす人」、あるいは「心のことを何でも分かっていてアドバイスを行う人」という誤解を受けることがありますが、そうではありません。
 セラピストやカウンセラーが行うのは甘やかすことではなく、お話をうかがうことです。
 そしてアドバイスを行う際にも、ご本人の依存性を強めないように慎重に対応します。

(心理相談員ではなくても、聞き上手な人というのは、意見を挟まずに程よいタイミングで相槌を打ち、押し付けと感じさせない程度に励ましてくれる人ではないでしょうか?
 人の性格や価値観はそう簡単には変わるものではなく、ちょっとした会話の中では日常生活におけるモヤモヤを出し合うだけにとどめる方が良いといった感覚を持っている人はカウンセリング・マインド豊かであるといえるでしょう。)

 私たちは通常、めまぐるしい日常の暮らしの中で「何をすべきで、すべきでない」「それはいい、悪い」といったいくつもの「判断」を行うことで物事を処理していることが多いですし、知人に打ち明け話をしても、表面的な励ましや一方的なアドバイスはもらえても解決までには至らないといったこともあるかと思います。普段、私たちはそういった状況に慣れています。
けれども、悩みが深くなっていけばいくほど、身近な場面で解決していくことが難しくなる可能性があります。個人的な打ち明け話をした後に普段のお付き合いを続けなければいけないということも、状況を複雑にしてしまうかもしれません。
 セラピストによるセッションが予約制で、日常生活から時間と空間を区切るということの利点の1つはここにあります。
(セラピストと相談者が、日常生活の場では接点を持たないことにも意味があります。) 

 大切なことは、話し手の「気持ち」や「価値観」に対して可能な限り先入観を排除して傾聴し、「了解」することです。同時に「了解された」ことを話し手が感じられるような対応を行うことです。
 ですから、どんな話を聴いてもただ「受容する」ということではなく、「了解するよう努める」ことをします。人は、自分の気持ちや考えを細やかに理解されたと実感できた時、どうすべきか、何を選択するかは自分で決めていくことができるということ、最終的には、答えはその人自身の内側からもたらされるということを前提としています。
 そして、内容によって「了解し難い」場合には、はっきりとそうお伝えすることもあります。話し手がどんなに辛い状況にあろうとも、話し手の生き方が調和と安らぎ、健全さ等から遠ざかってしまわないように、話し手の使う言葉一つ一つ、言葉ではない部分で表現されているものにも集中して対峙するのが臨床心理学的なセラピーにおけるセラピストの役割です。
 また、相談者の心の状態によっては、“了解”をどのように伝えるかがとても難しい場合があります。例えば、誰かを殺したいといった話に対応する場合、セラピストとしては殺したいほどの強い感情に対して了解はしても、人としては、殺すといった行為には同意すべきではありません。また、感情を理解できると伝えた時、“セラピストも(その相手を)殺したいと思っている”と受け取られてしまう可能性もあります。そういった複雑な部分をどう伝えるかは慎重になる必要があります。
 心の健康度が低いほど、他者との思考・感情の境界線が曖昧になっていて、投影同一視という防衛機制がはたらいていることがありますので、対話を行いながら、お互いの意識・潜在意識で起きている現象について客観的な視点で把握している必要があります。

 このように、医療や福祉、教育等の現場で勤務し、時に生命に関わる事例に出会うこともあるため、臨床心理士になるためには大学院での教育だけでなく、現場での訓練と、取得後も5年毎の資格更新の手続きの為に研修を受けることが義務付けられています。

 臨床心理学におけるトレーニングには、具体的には以下のようなものがあります。

◇事例検討
 学会や研修機関が主催する会議の場で、経験した相談について報告し、参加者(同業者)から質問や指導を受けたりします。
 領域(医療、教育、福祉等)ごと、夢を扱う事例、ロールシャッハ等心理検査など内容は様々です。
 ※継続中の相談については報告しない、資料はその場で回収して処分するなど配慮がなされます。

◇スーパービジョン
 スーパービジョンを行う側をスーパーバイザー、受ける側をスーパーバイジーと呼びます。
 1対1で行う形の個人スーパービジョンとグループで行うグループスーパービジョンがあります。
 バイジーは知識習得・技術等の専門性に関してバイザーから指導や助言を受けます。
 バイジーが対応している相談の事例を丁寧に検討していくこともあります。
 セッションの内容を逐語的に書き起こして細かく検討し、話し手と自分の発言内容を中心にセッション中に起きたことを振り返ります。
 深層心理学的な技法を扱うスーパービジョンでは、話し手の個人的な転移(過去の人間関係において体験した感情を聴き手との関係に重ねること)や、聴き手の側の転移など、さらに深いところまで踏み込む場合もあります。
 スーパービジョンを受けることにより、バイジーは自分自身の技術面における個人的な傾向について気付き修正することができます。

◇教育分析
 セラピストが訓練を兼ねて自己の成長のために受けるセラピーです。
 教育分析を体験することによって、セラピストは個人的な葛藤や潜在意識に残っている問題を解消し、職務上で出会う話し手への偏った影響を防ぐことが可能になります。
 多くの場合、バイザーや指導者は大学教授や臨床心理に詳しい精神科医等が担当します。
 いずれの場合も、個人情報を扱いますし、セラピストも心をもつ人間ですから、教育・訓練の場であっても職業上の倫理や高い人間性や細やかな配慮が必要とされます。
 このようなトレーニングを経験する中で、セラピストは話し手・聴き手(自分)の発言に集中し、2人の間で生じる感情(投影・転移等)を第3の視点から把握し対処していくことを学びます。

◎その他の特徴
◇言葉は癒しをもたらすと同時に、使い方を間違えれば危険な道具にもなります。
 話し手の潜在意識にあるものを意識化するにあたって、セラピストの理論的な解釈が先走った場合のことを精神分析では「ワイルド・アナリシス(乱暴な分析)」と呼び、注意します。
 意識することが苦しく困難だからこそ潜在意識にしまってあるのですから、症状の解消を目的としていても、話し手の心の状態が準備できているかどうかを見極める責任がセラピストにはあります。
 それは卵の殻を雛が割って出てくるのを手伝う作業に例えられるほど繊細さが必要とされます。

◇特にセラピーの初期に、セラピストに対して「理想化」が起こることがあります。
 先入観なく、共感的に話を聴いてもらえるという体験は心地よいものですので、心が不安定な状態であればあるほど、相談者はセラピストを実際以上にすごい人だと思ってしまったり、その人がいなければ生きていけないと思うほどに頼りたくなってしまったりするかもしれません。
 ですがその状態が長く続くことは、相談者自身の生きていく力が育っていかないことにつながったり、後になって、自立する力を奪う者としてセラピストへの怒りに転じることも可能性もあります。そのような可能性をふまえ、セラピストには、セラピーでのお互いの関係性について常に関心を向け、適切な距離を保つ責任があります。

◇心について人と人が向き合う時、聴き手が「何を知っているか、あるいは何を行うか」という専門性も大切ではありますが、それと同じくらいかそれ以上に「どう在るか」がセッションでは大きく影響すると感じています。
 技法それぞれの理論やルールを踏襲するといった傾向のトレーニングも受けてきてはいるのですが、現在では、○○派のセラピストです、と限定することよりも、一期一会の出会いにおいて、向き合った方に対して役立つと思われるものを最優先するという方法におもきを置くことにしています。

 私は20代の頃からよく夢を見ますが、フロイト的な夢も、ユング的な夢も、そしてどちらに当てはまらない夢もあります。
 一人の人間の潜在意識には、様々な段階を移行する部分があるという実感、多様な事例検討会に参加してきた個人的なプロセスからそのようなスタンスになっています。